人工呼吸器をつける前に
68歳のアフリカ系アメリカ人の男性 急性腎不全の診断 HIVとAIDSの治療も受けている 申し送りの時点で呼吸の状態が思わしくなかった 昨夜至急で胸のレントゲンも撮っている 混乱して薬剤も使ったらしい 部屋に行ってみると、声をかけてやっと開眼する程度 ぱっとみ、とても68歳とは思えないくらい歳をとって見える 水を飲む力もなかった Coarse Lung sound、Satulation1も88%しかなかった すぐにRT (Respiratory Therapist)に連絡をして、ネブライザーをかけてもらう 酸素の量を上げる マスクを付け替える 血圧も80と90を行ったりきたり 医師は何度も家族に連絡するが、連絡がつかない 昼ごろから、意識が混濁し呼吸数が16回以下になった Code Statusをみると”Full Code” これでは、心肺停止になったときこのやせた老人ののどに挿管チューブをとおし、あばら骨の上か 心臓マッサージをしなければならなくなる 想像しただけで痛々しい 長いことエイズをわずらって 今回は、腎不全 そして、呼吸不全も起こしかけている 多分、心不全もあるだろう それでも延命を望むのだろうか 本人にしか分からない 本人が決められないなら、家族しか決められない その家族と連絡が取れない 今の段階では、Full Code インターンの医師を呼んだ RTは、呼吸停止になれば自分が挿管し呼吸器管理をすることになるものだから、はじめから乗り気ではなくしぶしぶやってきた ナースのワタシは、いつCode Blueになってもいいように部屋を片付けクラッシュカートのスペースを作る 至急レントゲンの連絡をする 何度も血圧を測るたびに、マンシェッとがおじいさんの腕を締め付ける 12誘導のEKGをとる インターンは「アテンディングの医師(インターンやレジデントの医師を指導する医師)を呼んで!」と強い口調で言った インターン一人で手に負えるわけがない 病院にはRRT(Rapid Response Team)という、Code Blueになるまえに急変に対応するチームがある 麻酔科医ひとりとICUナース二人、RT1名 最低挿管、心マ、除細動、薬剤を使用しながらICUまで搬送することができる RRTを呼びましょう、とインターンに言ったが「アテンディングを!」と言われた アテンディングのポケベルを鳴らすと、4月5日まで不在のメッセージが そこでインターンは、Medical Advisorというアテンディング不在でも、代わって意思決定の出来る医師を呼んだ Medical Advisorの電話がやっと息子さんにつながった 状態の悪いこと、いつ心肺停止が起きてもおかしくないことが告げられている それでも、Full Codeのままでいますか? 延命治療を望みますか? と静かに問いかけている 電話の向こうは「自分だけでは決められない」と言ったのだろう Medical Advisorは 自分だけでは決められない、というのはよく分かりますが、今、決められるのはあなただけです そして、延命治療を開始しなければならない時はすぐにくるでしょう 今、あなたが決めるしかないのです と、静かにそして強い口調で話した すると、Medical Advisorは「患者さんの持ち物の中に、鍵はある?」と電話をすこし離して聞いた 多分、息子さんはお父さんの住む家の鍵を自分が開けることになるだろう、と覚悟したのだろう レジデントの医師と私が、荷物のズボンのポケットなどをさぐる 「ありました」とレジデント 電話の向こうはCode StatusをDNR(Do Not Resuscitate) に切り替えたのだろう Medical Advisorが では、DNRに変更し、あなたが同意しましたということを記録に残します そして、お父さんは無理な延命は行わず治療を続ける、ということになります と確認をとった 電話を切って “Do not resuscitate, no exception.” とMedical Adivisor 周囲も”DNR without exception.”と繰り返し確認した Medical Advisorは私に向かって「集中治療室には送りません」と方針を述べた “Understood” no exceptionというからには、exception(例外)もある たとえば、挿管はするけれど心マはしない、とか 薬剤は使うけれど、挿管はしない、などの選択も可能だ DNRになった患者さんの元からは、医師もRTも去っていく もう、急変に備える必要がないからだ これ以上、彼らに出来ることはない 波が引くように、人がいなくなる それでも、ナースは患者のそばに残る Full CodeでもDNRでも、看護は続く 最期の時が来るまで安楽でいられるように シーツをととのえ、そぉっと体のむきをかえ(じょく創ができないように、呼吸が止まってしまわないように)、そして体温を維持するために温かい毛布をかける もう、腕を締め付ける血圧計はいらない 静かに腕からはずす 部屋を元通り整える 手伝ってくれた助手さんが患者さんに声をかけた “Are you OK, Mr. Smith (仮名)?” 一刻も早く、息子さんが到着してくれればいい、と心から願った





