Nightのナースから申し送りのあと受け持ちの43号室に行ったときは、
すでにシェッツマン氏は透析室に降りていた
3~4時間は帰ってこない、しばらく他の患者に専念できる
そして12:30PM、43号室が透析から戻ってきたとCharge Nurseが教えてくれた
早速、挨拶に部屋に向かう
Hello, I’m tisane. I’ll be your nurse today…
ベッドの中のやせた老人が、私を見て
いきなり「朝食はどこだ!朝食がたべたい!」と大声をあげた
なんともなご挨拶だ
「シェッツマンさん、12時半ですから、お昼をお持ちしますよ」と答えると、
「朝食だ!Cold cerealを頼んだはずだ」と怒っている
今の時間なら、お昼が運ばれてきています、と答える私に
「それじゃあ、いっそのこと夕食を持ってきたらどうだ!」と皮肉がとんできた
朝食、と言われても、食べなかったトレイは下げられているし、今はお昼の時間
ランチトレイしかキッチンには残っていない
キッチンに行ってランチトレイを見ると、フルーツサラダとパン、ゼリーがデザートについている
朝食ほど軽くはないが、ラザニアほど重くもない(病院食で、平気でラザニアがでることがよくある。病人じゃなくても食欲がなくなるような色のソースがかかっている)。
部屋に運ぶと、奥様がそばに来てトレイを覗き込んだ
「ごめんなさいね、どうしてもcold cerealが食べたいんですって」とすまなそうにしている
ここまで言われたら、しかたがない。こっちは一分一秒でも惜しいくらいのタイムスケジュールで仕事をしている。ほかにも、薬やガーゼや血圧チェックがある。
が、たかがコーンフレーク、とも言っていられなくなった
どうしても、cold cerealのトレイを用意しなくちゃいけない
ステーションにいそいで戻りコンピューターをあけ、栄養室にメールを送る
それから、Charge Nurseに私のポケベルをカバーしてもらうように預け、
栄養室に下りる
エレベーターなんて待っていられない
栄養室まで階段を駆け下りると息が切れるが、今は5分だってロスしたくない
「すみません、今メールを送ったのですが、43号室の朝食のトレイを下さい」と息も切れ切れに栄養室をノックする。もちろん、けげんな顔でBreakfast?と聞かれたが「ごめんなさいね、患者さんがどうしてもcold cerealを食べたいんですって」と説明するしかない
ようやくトレイを43号室に運んだときは、10分は経っていた。
たかがコーンフレークに、10分…
されど、患者さんにとっては大事なコーンフレーク、
食べてもらうにはこれしか方法がない
トレイをテーブルの上に置くと、「君は日本人かね?」と老人が口を開いた
「はい、名前で分かりますか?」と私
すると奥様が「この人は、博士なの。シェッツマン博士。社会学者よ。この人の書いた本が、日本語訳になって出版されたこともあるのよ。」と話し出した。
これはびっくり。この気難しいおじぃさんが、35年間ナースたちに社会統計学を教えてきたらしいのだ。
博士が奥様に、「あの日本語の本を持ってきて、見せてあげなさい。」と言った
「そうですね。Tisaneさんは、今日は何時までお仕事?」と
怒りもせずに答える奥様
奥様だって、いい年齢だ。こうして病室に居るだけで疲れるだろうに、薬を飲ませたり、ブランケットをなおしたり、トイレに連れて行ったりとこまめに世話を焼いている。そのうえ、これから家にとって帰して、ずらりと並んだ本棚から「日本語の本」を探し出し、また病院に戻ってくるのだ。しかも、息子さんを空港に迎えに行くことにもなっている
スーパーおばあちゃん
午後3時。43号室に行くと、本を両手に奥様がにこにこと私を待っていた
ベッドの上にはシェッツマン博士。右には娘さん、左には息子さん
どちらも私より年上に見える
博士は、
今まで日本語を話す人が周囲にいなかったから、果たして自分の本がきちんと訳されているのかどうか、知る由もなかった、
君、ひと段落でいいから訳してくれたまえ、
と言った。
もう、その顔はやせたおじいさんではなく、
背筋をまっすぐ伸ばしてめがねをかけ教壇に立つ教授の顔だった
こっちは、蛇ににらまれたカエルだ。「シェッツマンさん、私の英語は十分ではありませんから、あなたの本のような英語にはなりませんが、コンセプトを伝えることはできますよ」と言い訳をしてみた
「いいから、この段落から訳してみたまえ」とページを開く教授
はい、では…えっと、英訳の場合、後ろから前に訳すから
…The ideas from the literature were synthesized and …冷や汗がにじむ
一文終わって、ちらりと教授を見ると、
ふむふむ、と無表情で自分の書いた本をにらんでいる
…次文は
…research is a major force…nursing profession …research skills…
もう、頭は回らない
単語を追うのがやっとだ
翻訳を一度は手がけたことがある人なら分かるだろうが、
訳すには内容の理解が伴う
内容を理解していない場合には、
単語を置き換えても意味のある文章にはならない
しかも、トレーニングを受けていない私には、いきなり訳すには難しすぎる内容だ
だいたい、なんだこの日本語は。どこの先生が訳したのか知らないが、ほとんど文語体だ。分かるような日本語にしてほしいものだ
家族の視線が私に集まる。あー、これではよけいに集中できない
「Dad,彼女はこの本を書いたわけじゃないから、Dadの書いた英語とまったく同じというわけにはいかないよ、コンセプトをさえ合っていればいいのだから。」と息子さんが助け舟をだした
博士の表情が少し柔らかくなったが、まだ本をにらんでいる
続ける私
やっと一段落訳し終わった
「はい、よろしい」と教授。奥様が横からまた助け舟をだす
「あなた、よかったわね、こうして何年も立ってから日本語が分かる人に読んでもらって」
こっちは、さんざんな思いだ。冷や汗がとまらない。
これも、看護か?
でも、これも看護なのだ
患者が生きてきた人生を尊重して関わる…
次の日も教授の担当になった
There is no service here! と、朝から、怒っている
呼んでも、ナースは来ない、血圧をはかりに来ない…
しかし、部屋のドアには、Do not disturb between 12-6AMのサインがある
だから、誰も起こさなかったのだ
これは、患者のリクエストじゃなかったのか?
こっちは博士のSitterをしている時間がないので、奥様が来るのが待ち遠しい
昨日リハビリができなかったほど具合が悪かったのに、
担当医師は、今日の午後退院、と言い出した
アメリカは、在院日数がおそろしく短いから、「今日退院」と言うのも珍しくない
私は、いそいでリハビリに連絡し、退院後の受診予約をとり、
退院薬を準備してもらうよう薬局に連絡
退院書類を持って43号室に行き、奥様に一通り説明する
と、そこへ担当の医師が来た
「ここに、サインしてください」と奥様に差し出したのは、
なんと「Against Medical Treatment」の書類
つまり、医師の許可なしに、または医師の治療方針に沿わずに退院しますので、あとで具合が悪くなってもその責任を病院側に問いません、という趣旨の書類だ
なんだ?博士、勝手に強制退院か?
Cold cerealならともかく、ここまでワガママするとは思わなかった
本人は帰りたい一心で、息子に手伝わせてズボンをはいている
帰る!となったら、いますぐにでも病室を出なければ気がすまない
あわただしく荷物をまとめる家族
廊下にあった車椅子を急いで部屋に運びいれる私
博士にはTransportation(移送係りの人員、院内の患者の移送を専門煮担当する)を待つ余裕もなさそうだ
息子さんに「車椅子をロビーまで押してください」と頼む。もちろん息子は、なんで私が?サービスはないのか?という顔だ
Seems like he cannot wait for another 15 minutes…と私に言われ、
Dadのためならと了解したらしかった
奥様が「tisane、本当にいろいろありがとう」と私に言った
Tisaneとしては、わがまま博士に尽くす奥様には同情的だ
CaregiverのBurdenは周囲には分かりにくいがそれはそれは大きなものだ
24時間365日休みなしの介護
こっちは8時間すればシフトが終わるが、Familyには終わりがない